デザイナー:Kathryn Hymes, Hakan Seyalioglu
プレイ人数: 5~7人
プレイ時間: 120分
1977年、マナグア – ニカラグア。手話が存在しない時代におよそ50人の聴覚障害児が一つの学級に集められる。子供たちは自分自身を表現するため、他人と分かり合うためにいつのまにか共有言語- 手話 – を作り始めました。
このゲームではその当時を追体験するため、実際に存在した生徒をモデルにした人物の設定になりかわり、手話の生まれる過程を追体験します。
2015 Golden Cobra Honorable Mention
2015 Indie RPG Award Best Free Game Winner
2015 Indie RPG Award Most Innovative Game Runner-Up
2016 Indie Groundbreaker Awards – Game of the Year Runner-up
と数々の賞を受賞した、ゲームの枠組みにとどまっていない今作を日本語で体験できる幸運に恵まれたのでレビューしようと思う。
おおよそはツイッターにまとめたのでその再編となる。
先生役1人+生徒役6人でプレイ。実際に手話が生まれた現場を再現し、みんなで(先生すら!)しゃべらず手のやりとりだけでコミュニケーションをとっていく
先生役はなんと豪華に数々のボードゲームの翻訳を手掛け、長編ストーリー物の第一人者みらこーさん、翻訳ももちろん同氏による。そのほか生徒役もパブリッシャーやデザイナー、役者の方々と豪華な面々。
ネタバレにはやや考慮するが必要事は言うつもりなのでご注意を
ゲームは授業と呼ばれる先生による進行に従い言語を作り上げるフェーズと、休み時間と呼ばれる生徒たちのみでコミュニケーションをとるフェーズで構成され、これを数回繰り返すことにより手話の成り立ちを追体験する。
まずは自分を表すハンドサインを全員に伝える第一授業からはじまり、 用意されたおもちゃや絵本を使い自分について伝えたり相手の事を理解するようにつとめる休み時間を体験する。
各々家庭や自信に問題や欲求を抱えているが名前以外一切伝える術はないので当然の事ながらコミュニケーションは困難を極める。 と、いうかできない
その後の授業で先生から単語の提示があり、その単語を表すハンドサインを少しずつみんなで作り上げて語彙のようなものを高めていく
段々と簡単なコミュニケーションが成立してくる反面、あと1歩を伝えられないもどかしさが増し、わかりたい気持ちや伝えたいという欲求に直面する。
そうこうしているうちにこの小さく短い学級は終焉を迎える。
思った以上になりたたないコミュニケーション、それでも意外な点が伝わったことに喜びや驚きを感じる。
授業の終了後、しゃべる事を解禁され先生を中心に検討会のようなものを行う。
このタイミングでの反芻で2時間ほどの時間にあまりにも沢山の事に気づかされているのに驚く
すぐ気が付くのは恐らくこのゲームの根源的な目的であろう、口頭によるコミュニケーションにハンデのある方々にも人生があり欲求があり希望がある事、その事を伝えるのが通常とは比べ物にならない程難しい事、今後そのような方々に向きあう事があった場合今までと違う気持ちで向き合うのではないかという心境の変化。
コミュニケーションはたった1つ共通認識ーー語彙ーーが増えるだけで飛躍的に相互理解しやすくなること、逆にどれだけ語彙があっても恐らく根本的な相互理解に至るのは難しいという事。
システムの用意した自分の伝えたい事を時間内に伝える事はできないレベルに設定されているのだが、その設定によって言葉を使って伝えられない事のもどかしさ、くやしさ等を追体験し考える機会を与えられた事、おそらく似た目的のセミナーは多数あるであろうに、これがゲームと言う形で提供されていいる意味等々。
ご参加の方々が素晴らしいプレイヤーであってこそではありましたが、とても貴重で有意義な体験をさせていただけました。 ゲームとしてではない部分で日本語に向かない部分もあったとは思うのですが、そのあたりを日本語向けに改変したローカライズバージョンがあったら啓蒙アイテムとして最高なんじゃないかと思います。
とても説教臭い話をつづけた気がしますが言いたいことは非常に浅く簡単な話で、子供はもちろん、今まで関心の浅かった大人も含め、手話が必要な方々や世界についての理解が深くない人間にこのような追体験をさせる機会を作れるのは本当に素晴らしいと思いました。
ストレートにゲームとは言いがたく、なかなか触れる機会が少ない作品とは思いますがご興味ある方は機会があれば是非積極的に体験なさる事をおすすめいたします。
できるだけ感覚そのままより言語化、体系化して伝えるレビューを心がけてます。